『純粋と不純』――コレットが描くパリのクィア社交界、官能と欲望の本質
ベル・エポック期のサッフォー的サロンとセクシュアリティを描くコレットの傑作新英訳。

2026年7月、米国の出版社 W. W. Norton & Company は、フランス文学を代表する作家シドニー=ガブリエル・コレット(Sidonie-Gabrielle Colette, 1873–1954)の古典的著作『純粋と不純』(原題:Le Pur et l’Impur)の新英訳版『The Pure and the Impure』を刊行した。翻訳は米国の翻訳家・作家レイチェル・カロー(Rachel Careau)が手掛けた。コレット自身が生前「最も優れ、最も誠実で自身に近い書物」と位置づけていたこの画期的テクストにとって、約60年ぶりの新英訳となる。
コレットは20世紀フランス文学界の重要人物であり、女性として初めてゴンクール賞アカデミー会長を務め、レジオンドヌール勲章グラングロワを受章した。ベル・エポック期のパリでミュージックホールの舞台に立ち、同性愛関係を公然と育み、女性の身体的・芸術的自立を貫くなど、当時のブルジョワ的規範を打破し続けた。全米芸術基金(NEA)翻訳フェローシップを受給したカローは、コレットの代表作『シェリ』と『シェリの最後』を英訳した実績を持ち、本作でも簡潔かつ詩的で多層的なコレットの文体を正確に蘇らせている。
本書の成立史は激しい検閲と論争に彩られている。1931年から1932年にかけて文芸誌『グランゴワール』に『これらの快楽……』(Ces plaisirs…)と題して連載されたが、同性間の性愛描写に保守層から抗議が殺到し連載は打ち切られた。その後1941年に『純粋と不純』と改題されて単行本として刊行された。親密な対話、個人的な回想、鋭い心理的スケッチで編まれた本作は、官能的な歓び、嫉妬、肉体的欲望の深淵を探求し、清純と不純という道徳的二元論を問い直す。
作品の核心を成すのは、20世紀初頭のパリにおけるクィアな半上流社会の記録である。コレットは「セーヌ河畔のレスボス」と呼ばれた当時のレズビアン社交界や、古代サッフォー詩の理想を追及した詩人ルネ・ヴィヴィアン(Renée Vivien)のサロンを克明に描写する。とりわけ、長年のパートナーであり、男装に短髪を通し男性人称で呼ばれることを求めたマチルド・ド・モルニー(ベルブッフ侯爵夫人、愛称「ミシー」あるいは「シュヴァリエール」)の肖像は、現代のクィア研究においてトランス男性的な経験の初期の証言として重視されている。さらに、最初の夫ウィリーのゴーストライターを務めたゲイ男性たちの集いや、18世紀の「ランゴレンの貴婦人たち」の遁走譚も織り交ぜられている。
男性的な「ドン・ファン主義」を解体し、男性の自尊心を満たすために女性が快感を演じる構造を鋭く突いた本作は、後世のフェミニズム理論やジェンダー研究を先取りしていた。レイチェル・カローの新訳は、セクシュアリティの歴史と人間の解放をめぐるモダニズム文学の金字塔を現代の読者に再び届けている。






