『Technologies of Gender』— ジェンダー構築とクィア理論の起源を論じるテレサ・デ・ラウレティスの著書
映画、欲望の記号論、フェミニズム理論を論じた記念碑的著作のスペイン語版。

2026年9月30日、スペインの出版社アントニオ・マチャド・リブロス(Antonio Machado Libros)は、定評ある人文書叢書「メドゥーサの筏」(La balsa de la Medusa)より、テレサ・デ・ラウレティスの主著のスペイン語版『Tecnologías del género. Ensayos sobre la teoría, el cine y la ficción』(ジェンダーのテクノロジー:理論・映画・フィクションに関する論集)を刊行した。著者はイタリア出身のアメリカ人記号学者・フェミニズム理論家テレサ・デ・ラウレティス(Teresa de Lauretis, 1938–2026)である。英語版原著『Technologies of Gender: Essays on Theory, Film, and Fiction』は1987年にインディアナ大学出版局から出版された。今回の全訳版刊行は、2026年2月に著者が逝去してから数カ月後の出来事となる。
ボローニャに生まれ、ミラノのボッコーニ大学で現代文学の博士号を取得した後に渡米したデ・ラウレティスは、カリフォルニア大学サンタクルーズ校の意識史講座(History of Consciousness)で名誉特別教授を務めた。精神分析、記号論、映画理論、フェミニズム批評の交差領域で研究を展開し、1990年にサンタクルーズで開催した国際学術会議において初めて「クィア理論」(queer theory)という術語を提唱した。1991年には学術誌『differences』の特集号を編集し、この概念を学術界に定着させた。
本書の核心をなすのは「ジェンダーのテクノロジー」(technology of gender)という概念である。デ・ラウレティスは、ミシェル・フーコーが『性の歴史』第1巻で提示した「性の装置」の分析を出発点としつつも、ジェンダーの非対称性や女性の実践的経験を看過したフーコーの限界を批判する。ルイ・アルチュセールの国家のイデオロギー装置論やウンベルト・エーコの記号論を踏まえ、彼女はジェンダーが生得的な生物学的所与でも身体の解剖学的特質でもないと証明する。それはむしろ、規範的な男性性と女性性を絶えず構築・再生産する社会文化的な表象、言説的実践、制度的装置の所産にほかならない。
デ・ラウレティスは、これらのテクノロジーが具体的な文化形態においてどのように機能するかを綿密に検証する。古典的ハリウッドの劇映画、ヨーロッパの作家映画(とりわけフェデリコ・フェリーニ)、フェミニズムの前衛映画(シャンタル・アケルマンやイヴォンヌ・レイナーの諸作)、文学(イタロ・カルヴィーノの散文)、そして哲学的論争(アントニオ・グラムシ、ジャック・ラカン、ジークムント・フロイト)が俎上に載せられる。彼女は、従来の劇映画が観客の視線をいかに男性的なものとして構築し、女性を受動的な見世物や欲望の投射先に仕立て上げてきたかを暴く。これに対し、フェミニズム前衛映画は異性愛家父長制のコードを撹乱し、新たな主体位置を創出する実践として位置づけられる。
さらに本書は、「フェミニズムの主体」(the subject of feminism)という重要概念を提示する。これは均質な「女性」というカテゴリーに回収されず、支配的なジェンダー・イデオロギーの内と外の双方に同時に身を置く主体である。デ・ラウレティスは、フレームの外側や支配的言説の彼方に広がる領域を指す「フレーム外空間」(the space-off)という概念を導入し、そこで非規範的な欲望、批評的抵抗、女性同士の連帯が育まれると説いた。この視座は生物学的本質主義を脱構築し、その後の1990年代から2000年代のクィア研究における異性愛規範の批判に不可欠な理論的基礎を築いた。






