『わたしの手の中の鳩』——マリーナ・ツヴェターエワのサッフォー的詩作と女性の愛を集成した英訳書
ツヴェターエワの連作詩、自伝的中編、レズビアン愛をめぐる哲学エッセイを収録。

2026年9月15日、米国の出版社Sinister Wisdomは「サッフォー・クラシックス」(Sapphic Classics)叢書の一環として、新刊『わたしの手の中の鳩:マリーナ・ツヴェターエワのサッフォー的著作集』(A Dove Under My Hand: Sapphic Writings by Marina Tsvetaeva)を刊行した。言語は英語で、スラヴ文学者・作家のソーニャ・フラネタ(Sonja Franeta)が翻訳を手掛けた。本書は、ロシアの詩人・作家マリーナ・ツヴェターエワ(Марина Цветаева, 1892–1941)が女性同士の愛やサッフォー的情熱を探求した重要作品を一冊にまとめた初の英訳選集である。
カリフォルニア大学バークレー校で比較文学修士号を取得した訳者ソーニャ・フラネタは、数十年にわたりロシアのクィア史と文化の調査・研究に取り組んできた。1991年に旧ソ連を訪れた初の国際LGBT活動家代表団に参加し、1990年代を通じてロシアに滞在しながら、現地のレズビアンやゲイのコミュニティからオーラルヒストリーや証言を採集した。2004年にはモスクワのLGBTアーカイブの協力を得て二言語版インタビュー集『ピンク・フラミンゴ:シベリアでの10の対話』(Pink Flamingos: 10 Siberian Interviews)を刊行し、のちに回想録『ロシアへのピンク色の道』(My Pink Road to Russia)を発表した。ツヴェターエワのサッフォー的テキストの英訳は、ロシアの非ヘテロセクシュアル文学遺産を世界の批評言説と読書空間に接続する長年の研究成果である。
本書は、ツヴェターエワの生涯の異なる時期に書かれた3つの代表作で構成されている。第1部は詩連作「女友達」(Girlfriend Poems, 1914–1915)と、それに関連する7編の抒情詩である。この連作は、詩人・翻訳家のソフィヤ・パルノク(1885–1933)との激しい恋愛関係から生まれた。ツヴェターエワは代名詞のジェンダー偽装を排し、愛する女性に直接語りかけながら、親密さや嫉妬、規範への反逆を謳い上げた。第2部は、ソ連帰国直前の1937–1938年にフランス亡命先で執筆された自伝的中編「ソーネチカの物語」(Story of Sonechka)である。革命期モスクワの飢餓と困窮(1918–1919年)を記した日記や書簡を手がかりに、青年女優ソーネチカ・ホリデイとの情緒的かつロマンティックな絆を活写している。第3部は、1932年にフランス語で書かれた哲学的エッセイ「アマゾンへの手紙」(Letter to an Amazon)である。ナタリー・クリフォード・バーニーのアフォリズム集に応答したこの論考で、ツヴェターエワは女性同性愛の引力、加齢の宿命、子どもを持たない関係性の特質、そして異性愛規範の社会がもたらす圧力との葛藤を思索した。
巻末には、1990年代末から2000年代初頭にかけてモスクワで発行されていた独立系レズビアン誌『オストロフ』(島)の創刊編集者オルゲルタ・ハリトーノワによる解説が収められている。ハリトーノワは、ツヴェターエワのテクストがソ連後期の地下サークルやポスト・ソ連期のロシア、そして国外ディアスポラにおいて、クィア女性の自己形成とアイデンティティにいかに深く寄与したかを解明している。長らくソ連の公的文学史から検閲・不可視化されてきたツヴェターエワのサッフォー的著作は、『A Dove Under My Hand』によって正当な伝記的・歴史的文脈を取り戻し、20世紀ヨーロッパ・クィア・モダニズムの記念碑的遺産として再定位された。






